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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13088号 判決

原告 小林ヨシヱ

右訴訟代理人弁護士 鎌田久仁夫

被告 有限会社城西殖産

右代表者代表取締役 石田博治

被告 中野本町商工協同組合

右代表者代表理事 石田博治

右被告両名訴訟代理人弁護士 堀内稔久

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ、被告有限会社城西殖産は昭和四四年四月八日から、被告中野本町商工協同組合は同年一一月二〇日からそれぞれ右建物明渡済まで各自一か月につき金二万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告有限会社城西殖産(以下被告会社という。)に対し、昭和三九年一月一六日、原告所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を、転貸したり家族以外の同居人を置いたりなどしないとの特約のもとに、賃貸して引き渡した。

2  ところが被告会社は、昭和四三年七月頃までの間に、被告中野本町商工協同組合(以下被告組合という。)および訴外改井一郎に対し、本件建物を原告に無断で転貸し、現に被告組合が占有使用している。

なお、原告は被告会社に対し、昭和四四年四月七日到達の内容証明郵便で、本件建物の賃料を一か月につき、従前の一万七〇〇〇円から二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたので、本件建物の賃料はこれにより一か月につき二万五〇〇〇円となった。

3  原告は被告会社に対し、昭和四四年一一月一九日到達の内容証明郵便で、前記無断転貸を理由に本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

よって原告は被告会社に対し、本件建物賃貸借契約解除に基づき、本件建物の明渡と昭和四四年四月八日から、同年一一月一九日までは賃料として、翌一一月二〇日から右建物明渡済までは賃料相当損害金として、いずれも一か月につき二万五〇〇〇円の割合による金員の支払を、被告組合に対し所有権に基づき本件建物の明渡と解除の意思表示到達の翌日である昭和四四年一一月二〇日から右建物明渡済まで一か月につき二万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払をそれぞれ求める。

二、請求原因に対する答弁(被告両名)

請求原因1の事実は認める。ただし、後記のように、本件建物は、被告会社が単独で賃借したものではなく、被告会社および被告組合において共同で賃借したものである。同2の事実中、被告組合が本件建物を占有していること、原告主張の賃料増額の意思表示が、その主張の日に被告会社に到達したこと、従前の賃料が一か月一万七〇〇〇円であったことは認めるが、その余の事実は否認する。同3の事実中、原告主張の解除の意思表示がその主張の日に被告会社に到達したことは認める。

三  被告両名の主張

1  被告両名は、本件建物の共同借主である。

被告組合は、昭和三二年一月ごろ、東京都中野区中野本町一帯に居住する零細商工業者八三名を構成員として、組合員に対する融資活動を行うことを目的として設立された協同組合であるが、被告組合役員および組合員有志は、「中野本町商工協同組合殖産部」(以下殖産部という。)の名称で、被告組合の事業とは別に、不動産投資の殖産活動を営んでいたところ、これを法人化して昭和三九年一〇月二九日被告会社を設立し、右殖産部の事業を承継した。ところで被告組合および殖産部は、独立した一定の事務所を必要とするほどのものではなかったが、昭和三八年一一月ころ、被告組合の組合員約六〇名が、それまで加入していた税務活動団体たるいわゆる民商を脱退したのに伴い、被告組合では同年一一月二七日、右民商に代って組合員のために税務対策活動を行う団体として中野商工振興会(以下振興会という。)を発足させることとしたため、新らたに会計事務所を必要とするようになった。そこで被告組合の代表者であり、かつ、振興会および被告会社の代表者に就任する予定であった石田博治は、本件建物を振興会のみならず被告会社および被告組合三者の共同事務所の用に供する目的で、右三者がこれを賃借することとして、昭和三九年一月一六日、原告との間に、右三者を代表し借主名義をとりあえず石田博治個人として本件建物につき賃貸借契約を締結した。そして、本件建物賃貸借契約締結後今日にいたるまで、振興会、被告会社、被告組合の三者が一体となって本件建物を共同事務所として使用してきている。また訴外改井一郎は、税理士で昭和三九年四月から、本件建物において、振興会の事務をとっていたにすぎず、右振興会、被告会社および被告組合と独立して、本件建物を占有しているものではない。

2  仮に原告主張の転貸の事実があるとしても、右転貸には原告の黙示の承諾があったものというべきである。

すなわち、原告は、本件建物賃貸借契約締結に際し、石田から、本件建物は、振興会、被告組合、被告会社三者の共同事務所として使用する旨告げられてこれを了知していたのみならず、昭和四四年に結婚して他に移転するまで、母姉とともに本件建物と一体をなす二階部分に居住し、振興会および組合が、昭和三九年一月一八日本件建物において事務所開きをし、入口の扉やガラス窓に被告組合、振興会の名称を大書し、これを事務所として使用していたことおよび改井一郎が昭和三九年四月から本件建物において、振興会のため税務対策活動に従事していたことなどを当初より知悉していたにもかかわらず、昭和四四年四月、被告会社に対し賃料増額の意思表示をなすまで、右事実につき何ら異議を述べなかったものであるから、本件転貸については、原告の黙示の承諾があったものというべきである。

3  仮に右黙示の承諾が認められないとしても、本件建物は、本件建物賃貸借契約締結当初から、振興会が専従職員数名をおいてその会計事務所として主として使用してきたもので、被告組合および被告会社はこれに附随して使用しているにすぎないこと、右使用状況は今日にいたるまで何らの変化もないこと、被告会社および振興会は、いずれも被告組合を母胎としてこれより派生したもので、右三者の構成員もほぼ共通で、同一の役員により運営され、組合員のため被告組合が融資活動を、振興会が税務対策活動を、被告会社が殖産活動をそれぞれ分担し、互に密接な結合関係にあること、これらの事実と前記1、2記載の事情をもってすると、本件転貸行為には、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるというべきである。

以上により、いずれにしても、原告の本件建物賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を発生するに由ないものである。

4  なお、被告会社は、原告において増額請求にかかる一か月二万五〇〇〇円の賃料全額の提供をしなければその受領を拒むことが明かなので、昭和四四年四月八日以降の賃料は従前の賃料額一か月一万七〇〇〇円宛供託している。

四  被告両名の主張に対する原告の答弁

1  被告らの主張1記載のうち石田が、被告会社、振興会、被告組合の三者を代表して右三者を賃借人とし、その共同事務所として本件建物を賃借したとの主張は、虚構の主張である。原告は、石田博治らから、設立準備中の被告会社の事務所として本件建物の賃借方を申込まれ、これを承諾し、右被告会社の設立に至るまでとりあえず借主名義を石田博治として、本件建物賃貸借契約を締結したもので、本件建物の賃借人はあくまで被告会社のみである。

2  同2に対しては、原告は、昭和四二年ごろはじめて、本件建物の窓ガラスに記載されていた被告会社の名称の下に、振興会および被告組合名も表示されていることに気づいたが、いずれも被告会社の内部部局と善解し、別に問いただすことをしなかった。しかるに昭和四四年四、五月ころ、渡辺源三、菊井勝夫から、被告会社は昭和四二年六月すでに解散し、本件建物は、被告組合、および前記改井一郎に転貸された旨はじめて聞き知るにおよび、同年一一月一九日到達の内容証明郵便で本件建物賃貸借契約を解除したもので、いわゆる黙示の承諾を帰せられるべき事情はない。

3  同3の事実は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本件建物につき、原告と被告会社との間に、賃貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがないが、被告らは、被告組合も、被告会社と共同して、本件建物を原告から賃借していると主張するので、この点について考える。

1  まず、本件建物賃貸借契約締結に至った経緯は、≪証拠省略≫を総合すれば、次のとおり認められる。

すなわち、被告組合は、東京都中野区中野本町一帯に居住し、税務対策活動を行う団体である中野民主商工会に所属する中小商工業者約八〇名を組合員とし、主に組合員に対する事業資金の貸付など融資活動を目的として、昭和三二年五月設立された協同組合であり、殖産部は、被告組合役員全員(一〇ないし一二名位)および一般組合員有志の合計一八名によって、一口一か月三〇〇〇円の積立金をきょ出して、被告組合とは別個に、不動産売買の事業を営むことを目的として、昭和三六年はじめころ結成された団体であるが、被告組合および殖産部はいずれも当時独立した事務所を必要とするほどのものではなかった。ところが、昭和三八年、被告組合の組合員の多くが、前記中野民主商工会を脱退したため、右組合員が税金相談等の税務対策に不便をきたすようになったことから、被告組合役員らは、同年一一月二七日、右組合員その他の中小商工業者らのため、前記民主商工会に代って、税金相談、納税申告指導などの税務対策活動を行う団体として、被告組合の組合員を主たる構成員とする振興会(当時「振興会」の名称は未定で、昭和三九年一月下旬右名称が定まり、同年四月二五日創立総会を開いて正式に発足した。)の設立を企図し、右振興会が前記税務対策活動を行うについては、新らたに独立した会計事務所を早急に確保する必要を生じ、そのため被告組合役員らは、本件建物を右会計事務所の用に供する目的で、これを原告から賃借することにした。ところで、被告組合および振興会(設立準備中)では、そのころ、事業資金がひっ迫していたので、被告組合役員らは、本件建物賃借に必要な権利金(五〇万円)、事務所改装費、什器備品などの諸経費合計約一〇五万円は、すべて前記殖産部の積立金をもってまかなうこととしたため、右経費の負担関係を明確にしておく必要上からも右殖産部を法人化して被告会社としたうえ、右被告会社を本件建物の賃借名義人とはするが、本件建物は主として前記のように振興会が会計事務所として使用し、被告会社および被告組合もこれに附随してその事務所として共用するといういわば右三者の共同事務所の用に供することとし当時被告組合理事長で、被告会社および振興会の設立発起人代表でもあった石田博治は原告に対し、本件建物の借主名義は、近く設立予定の被告会社とするが、被告会社と、被告組合および振興会の三者は、各役員および構成員をいずれもほぼ同じくするもので、本件建物も結局右三者が共同の事務所としてこれを賃借使用する。被告会社が設立登記を経由した暁には、賃借名義人を被告会社に変更する、それまではとりあえず石田博治を賃借名義人としておく旨を告げて原告の承諾を得、昭和三九年一月一六日、原告との間に、本件建物賃貸借契約を締結し、同年一〇月二九日被告会社が設立登記を経由して成立するとともに前記約旨により、被告会社が本件建物の賃借名義人となったものである。以上の事実がそれである。≪証拠関係省略≫

2  つぎに、本件建物の利用状況は、≪証拠省略≫を総合すれば、次のとおりと認められる。

すなわち、振興会では、本件建物賃借以前から、税理士斎藤嘉三に依頼して、税務対策活動を開始していたところ、前記本件建物賃貸借契約締結の翌々日の昭和三九年一月一八日、本件建物において会計事務所を開設し、同年四月からは、右斎藤に代えて新らたに専従税理士として改井一郎を招き、その他の事務職員二名ないし六名を擁し、以来常時本件建物をその会計事務所として使用してきたこと、被告会社および被告組合は、前記のように常時執務する場所としての独立の事務所を必要とはしなかったものの、月に一回位の割合で、各役員会、三者の合同役員会、その他の会合などに本件建物を使用してきたこと、右のような利用状況は、本件賃貸借締結当時から現在に至るまで、何らの変更がないこと、右事務所の開設に際しては、本件建物の公道に面するガラス窓には「城西殖産」および「株式会社中野経理会計事務所」(振興会の仮称。なお「株式会社」の文字は、本来「城西殖産」に冠すべきを誤って記されたもの。)の文字が、昭和三九年二月上旬ころには、「有限会社城西殖産」(当初株式会社とする予定を有限会社に変更)「中野商工振興会」「中野本町商工協同組合」の文字がそれぞれ書き入れられ、さらに昭和四一年の暮ころには本件建物入口扉全面に「中野商工振興会」の文字が、またそのころ本件建物入口際に新設した郵便受箱には、「有限会社城西殖産」「中野本町商工協同組合」「中野商工振興会」「税理士改井一郎」の文字がそれぞれ書き入れられて、右事務所が、被告会社、被告組合、振興会三者の共同事務所である旨対外的にも明瞭に表示されていた。≪証拠判断省略≫しかも、≪証拠省略≫によれば、原告は、本件賃貸借契約締結当初の昭和三九年一月一六日から同四〇年の終りころ結婚して他に転居するまでの間、本件建物と一体をなす二階部分に居住していたことが認められるから、本件建物の前記利用状況を、当初から十分了知していたものと推認される。

なお、≪証拠省略≫によれば、本件賃料は、賃借当初から被告会社名義で支払われてきたが、昭和四三年五月以前までは被告会社において、その後被告会社が事実上事業活動を停止してからは、振興会においてそれぞれ支弁してきたことが認められる。

3  さらに、被告会社、被告組合、振興会の三者の関係についてみると、その各事業目的は1に記載のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、右三者の代表者はいずれも石田博治で、その他の役員も三者を通じてすべて共通であること、その構成員は、現在被告組合が約八〇名、振興会が約三〇名、被告会社が約一四名であるところ、振興会会員中約一〇名を除いたその余の振興会および被告会社の構成員は、すべて被告組合の組合員でもあること、被告組合および振興会の事業資金を被告会社においてときどき融通していたことが認められ、右事実に、前記のような振興会および被告会社の設立の経緯を併せ考えると、右三者は、一応独立した別個の団体ではあるが、振興会および被告会社の両者は、被告組合を母胎としてこれから派生した団体であり、右三者の間には被告組合を主体として、被告組合が融資活動を、振興会が税務対策活動を、被告会社が不動産取引による殖産等の営利活動をそれぞれ分担し、同一の事業執行者により運営されるといったきわめて密接な関係が存するものと認められる。

以上のような本件建物賃貸借契約締結の目的、経緯、本件建物の利用状況、被告会社、被告組合、振興会の三者相互の関係を総合して考えると、石田博治は原告との間に、賃借名義人を被告会社として、本件建物につき賃貸借契約を締結したものの、それは単に形式上、被告会社を借主名義としただけで、実質的には、右石田は、本件建物を前記三者の共同事務所として賃借するため、右三者の代表者として原告と本件建物賃貸借契約を締結したもので、畢竟振興会、被告会社および被告組合の三者がともどもに原告から賃借したものと解するのが相当である。

二  ≪証拠省略≫によれば、改井一郎は、昭和三九年四月から、振興会に招かれて、本件建物において税務会計事務を行っていたことが認められるものの、同時に右各証拠によれば、それはあくまで振興会の嘱託事務をとっていたまでで、もとより本件建物に関し賃料等の負担をしていなかったことが認められるから、本件建物における税務会計事務処理の一事をもって、被告会社が改井に本件建物を転貸したものと解することはできない。

三  叙上事実認定をもってすると、被告会社には転貸と目すべき事実が認められないから、この存在を前提とする本件賃貸借契約解除に基づく本件建物の明渡および賃料相当損害金の各請求部分は、失当である。

四  原告が被告会社に対し、昭和四四年四月七日、到達の内容証明郵便で本件建物の賃料を従前の一か月一万七〇〇〇円から、一か月二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないが、原告主張の一か月二万五〇〇〇円の額が当時における本件建物の賃料として相当であるか否かについては、≪証拠省略≫によってもいまだこれを肯認するに由なく、他にこれを認めるに足りる適確な資料は存在しない。

原告の右賃料増額の意思表示後、これによる賃料一か月二万五〇〇〇円全額の提供を受けなければ、原告において、その受領を拒むことは明白であったので、被告会社が右意思表示の翌日である昭和四四年四月八日以降解除の意思表示の到達した同年一一月一九日までの賃料として従前の一か月一万七〇〇〇円の割合により全額供託していることは、原告において明かに争わないから、これを自白したものとみなす。

五  以上のとおりであるから、原告が被告両名に対し、本件建物の明渡と、賃料ないし賃料相当損害金の支払を求める請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから失当として全部棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 薦田茂正 裁判官堀田良一は、職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 鈴木潔)

〈以下省略〉

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